去る10月4日の早朝、ベアドッグ候補犬「エルフ」が初めて単独で、発信器を取り付け監視、教育中のクマの追い払いに臨みました。
昨年7月(生後3ヶ月目)以降、服従や社会化訓練を行いながら、今年4月(生後1年目)以降は、母親「タマ」の力を借りながらベアドッグとしての本格的なフィールド訓練を重ねて来たベアドッグ候補犬の「レラ」と「エルフ」。最近ではField Commands(追い払いや探索中に使用する実践的な号令)の習得にも力を入れてきました。
2頭とも順調に訓練課題をクリアーしてきましたが、特にエルフの成長が目覚ましく、最近の訓練の様子から「エルフならもう立派にクマを見つけ出して、勇敢に吠えたてて追い払うことができる」と、確信をもっていました。
但し、まだ1歳半ばの犬。その吠え声はやや迫力に欠けるため、図太い気持ちをもった成獣の雄グマなどは、幼犬の吠え声ではあまり逃げないことがあります。よって、今回、エルフには、3~4歳と若く、警戒心が高いことが分かっているメスグマの追い払いをさせました。
この日は大雨で、少し霧がかかった悪天候。クマを探し出すのにはとても悪条件。しかし、これは訓練ではありません。どんな状況でも人間活動が始まる時間帯までにはこのクマを別荘地から確実に追い払わなければなりません。
エルフに「Are you ready? Find the bear !(=準備はいいか、クマを探せ」のコマンドと共に発信器の電波を頼りにクマに接近していきます。
雨と霧のせいで、クマの匂いや気配が取りづらく、視界もほとんど利きません。通常、クマの匂いと気配をキャッチしたベアドッグは自発的に吠え始めますが、雨や風が強い時にはそれができないときがあります。ここで重要になるのが「Bark(=吠えろ)」というコマンド。クマの匂いや気配が取れなくても思い通りに吠えさせることができます。
エルフは、これまで一生懸命、このコマンドを練習してきました。そして、今回、私の号令によりちゃんと吠え始めてくれました。その直後、クマの姿は見えませんでしたが、発信器の電波状況がわずかに変化しました。その瞬間、エルフはこれまで聞いたこともないような野太い声で激しく吠え始め、凄まじい力でリードを引きます。
私はしばらくエルフの追求に任せ、クマが逃走したと思われるルートを追わせました。途中には何本も倒木があり、「Jump(=飛べ)」というコマンドで越えさせながら進みます。数分後、発信器の電波信号は消え失せ、追い払いは終わりました。「Leave it(=放っておけ)」というコマンドをかけ、仕事に切りをつけました。そして、最後に「Good job on the bear(=よくやった)」と、ご褒美の餌と共に命一杯褒めてあげます。
追い払い後に、エルフと記念撮影しました。彼女はこれまでに見たこともないような自信に満ちた表情をしていました。
思い返せば、エルフは、出生直後は仮死状態で、産声をあげることすらできず、蘇生作業で一命をとりとめました。そのエルフが驚くべきスピードでベアドッグとして成長したことはもちろん、彼女の身のこなし(高い狩猟欲と人と共に働く作業意欲、勇敢さと警戒心の絶妙なバランス、激しい吠え声や俊敏な動きなど)も見ている限り、優秀なベアドッグに必要なすべてを兼ね備えており、これこそ天性、まるでベアドッグの申し子を天から授かったような気持ちです。
もう彼女は候補犬ではありません。立派な1頭のベアドッグです。まだまだエルフのベアドッグとしての生涯は始まったばかりですが、ハンドラーとして彼女のポテンシャルにはワクワクさせられます。
田中